
鹿児島県の指宿温泉のそばに
「薩摩今和泉」という駅があります。
錦江湾に面した海辺の町の小さな駅です。
この静かな海辺の町が
NHK大河ドラマの主人公「篤姫」のふるさとです。
(現・指宿市岩本地区)
篤姫は
娘時代まで多くの時間をこの地で過ごし、
時の十三代将軍・徳川家定公のもとに嫁ぎました。
篤姫が暮らした屋敷の跡地は
今は小学校になっていますが
屋敷の「石垣」や「松並木」などが今も残っています。

そして
その石垣と松並木の先は
すぐ「海」!
「砂浜」が広がっているのです!
お転婆の子供時代の篤姫は
きっと
裏座敷から飛び出して
この「砂浜」まで駆けて行き
兄や
養育係の奥老女「菊本」たちと一緒に走り回っていたに違いありません。
そして時々、
遠くにみえる桜島を眺めたことでしょう。
伝えられる話では
この浜で
年かさの兄が土地の若者とケンカになりそうになった時
篤姫は
この病弱の兄をかばって割って入った
とのこと。
なんとこの時、篤姫、五歳!
「天璋院(篤姫)堅固にして強毅… 明晰にして慈愛深し…」
当時の良家の子女には珍しく「男勝り」
好き嫌いのはっきりした性格でありながら
「下々の者」や「弱い者」に対しては「思いやり」の心を持つ
「強くて優しい人」だったようです。
篤姫は
嫁ぎ先、故郷を遠く離れた江戸城で
何を思っていたのでしょうか。
故郷の兄同様、身体の弱かった将軍・徳川家定公を支えながら…

国難の悩み多き上様を
全ての「しがらみ」から解き放ち奉り
人情厚き我が故郷
薩摩今和泉へお連れ申し上げ
懐かしきあの砂浜で
二人して桜島を眺めたい…
そんなことを思った日もあったのではないでしょうか。
しかし
その後の「展開」をみると夢の夢
有り得ませんよね。。。。
でも
あっぱれ「一本道」!
みごと走り切った「薩摩おごじょ」の心意気に乾杯です!


撮影データ:「松と砂浜」「あいさつをしましょう!」「石垣と松並木」=鹿児島県指宿市岩本
「桜島」「篤姫ゆかりの地 案内図」=R226「道の駅 いぶすき」
いづれも08年6月30日
参考資料:『篤姫の生涯』=宮尾登美子著
勝海舟『海舟語録』=江藤淳・松浦玲 編
『天璋院 篤姫』=天璋院篤姫展・目録
加藤博
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