「僕は、横浜を買ってないよ」 福寿祁久雄
本牧ジャズ祭で、偶然お会いしたことをきっかけに福寿祁久雄さんへの取材となりました。
福寿祁久雄さんは、知る人ぞ知る映画興行師で、ミニシネマを仕掛けてみたりなど、
映画を愛し、現在は、福・寿シネマと題打って、定期的に上映会を行ない、映画ファン
の交流の場を創っておられます。
「濱マイクシリーズ」の第1弾映画の企画、更に、同シリーズに主人公の義父で
福寿祁久雄という登場人物は、本人です。
先日、横浜の情報誌「ぱど」にも登場していました。
昭和10年生まれの福寿祁久雄さん。
私は、この世代の方に、必ず質問することがあります。
「先の戦争は、福寿さんの中で総括できていますか?」
答えは、総括なんて出来てないよ!です。
この質問をぶつけた方は、皆そう答えてきます。
今の世の中の歪みは、ひょっとしてここから来てるのかもしれないと
最近思うことがあります。
福寿さんは、横浜で生まれ、戦中に疎開など家庭の事情以外はずっと横浜で
時を刻んできたそうです。映画の仕事に就きたくて就きたくて、昭和31年、
映画の看板描きの仕事をはじめたそうです。
今と違い、映画の宣伝用看板は、手書きで描かれていました。
このとき、描いた映画看板から得た映画の監督や俳優などの知識が、
後の興行師 福寿祁久雄の礎になったそうです。
好きであること、好きであり続けることというのは、一つの才能であって、
無駄なことなど無いと思わせるエピソードだと感じます。
そして、好きであるからこそ、困難があっても持続し続けることができるのでしょう。
半世紀、50年も映画に関わり続けて来たことになります。
映画看板を描いていた当時、磯子の海を市電の駅を降りてはスケッチを
描いていたそうです。
探してもらうようにお願いしました。
皆様に紹介できる機会が持てる時が来ると素敵ですし、楽しみです。
「横浜を僕は、あまり買ってないよ」
と切り出す福寿さん。
だって、横浜って何か誇れるものがあるの?
と、いろいろと投げかけてきます。
そして、私
「それって、福寿さん、横浜が好きで好きでたまらないと聞こえますよ」
と、一同に笑いがおきます。
好きな横浜よ!がんばろう!としか聞こえません。
普通、買ってない横浜に、70年ちょっと住んでないですよ。
福寿さんの過激な問いかけは、不満や文句に聞こえない上、
考えさせるものばかりです。
その語り口が、必ず、「どう?どう思う?」と問いかけて来るからかもしれません。
その問いかけは、とても力強いのです。
生きる自分の立ち位置をしっかりと理解し、映画を軸に横浜を励まし続けて
いることが伝わります。
そのスタンスで、さまざまな地域活動に積極的に参加されています。
常に、「これでいいのか?」と自身に問いかけながら、誠実に生きている
と伝わってきます。
「横浜に民主主義はあるのか?」
って、いうのはどう?と笑いながら、でも真剣に問いかけます。
なかなか深い問いかけですが、横浜市民は、横浜を愛して、ちゃんと横浜を
思ってる?考えてるか?と、その瞬間聞こえました。
これも福寿流の横浜の愛し方で、「これでいいのか?」と自分自身、
そして横浜、ハマっ子たちへの問いかけでもあるようです。
結構深いキャッチコピーです。
さすが、興行師、飛び出す言葉がそのまま、キャッチコピーになるものばかりです。
全部を紹介できないのが残念です。
福寿さんと話をすると、とても過激なキャッチコピーやアイディアが飛び出してくる、
さらに行動に移しちゃうので、びっくりする方もいるかもしれません。
しかし、私には、その言葉、行動の裏に、それほど横浜が好きなんだ、
映画を愛し、横浜を愛し、きっと、人を凄く愛してるんだ、と感じるのでした。
映画と横浜が好きで好きで、思い続けて、映画に関わり、奢ることもない、
その人懐っこい笑顔と過激な意見、すっかり福寿ワールドを楽しませていただきました。
さまざまな人たちを育んできた横浜を私たちはどう育んでいくのか?
真剣に考える時期であるのかもしれません。
カテゴリー:ハマ浜 通信 | 投稿日:2007年11月07日 | コメント・トラックバック:0件





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