<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><!-- generator="wordpress/ME2.2.3" -->
<rss version="2.0" 
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	>
<channel>
	<title>Comments on: 東京新聞　2006年11月8日 朝刊の記事</title>
	<link>http://blog.hamahama.jp/archives/5</link>
	<description>みなさんと横浜に砂浜を再生する活動から環境、交流、まちづくりなどを考えます</description>
	<pubDate>Sun, 20 May 2012 22:17:57 +0000</pubDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=ME2.2.3</generator>

	<item>
		<title>By: いしばし</title>
		<link>http://blog.hamahama.jp/archives/5#comment-2</link>
		<dc:creator>いしばし</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 19 Nov 2006 23:32:30 +0900</pubDate>  
		<guid>http://blog.hamahama.jp/archives/5#comment-2</guid>
		<description>昔、記事中にも出てくる葉山の満月に出たときの
感想があったので、参考までに

感じること　　満月ツーリングにて
投稿者：石橋 投稿日：2005/06/23(Thu) 04:11 No.4693

満月ツーリングに参加した。

二、三日前から月が目につき、ふと満月に行こうと思った。

いつもより遅いスタート
待っている間、風が強く感じたが、始まるころには風は止まっていた。
波は、いつもより強く感じ、そして砂浜に押し寄せる。

大倉正之助が、その波に呼応するかの如く、ゆっくりと、そして
次第に強く激しく鼓を打つ。。。

体が自然にリズムを取るように、とてもテンポがよく感じたかと
思うと、何かもの悲しく、切なく感じる間もあった。

今日は、何かとても激しく、何と言っていいのだろうか。。。
久しぶりに聞いた大倉正之助は、今までに聞いたことのない
とても心に残るものだった。

砂浜に拍手が鳴り響く。

ケンタウロスの大将が、挨拶を始めた。
大倉流の鼓を聞いていると同じに聞こえていたものが、
最近、正之助の音が判るようになってきた、、、と

そして、砂浜に集った人たちに問いかける

　「音とは、何なのでしょうか？」

大倉正之助の鼓を聞く為に、こんな夜中、長者が崎の砂浜に
人が集まる。いったい何なのでしょう？

音楽やそのほかのものには、コピーが存在する。
音は、録音することで、その場に行かなくとも聞くことが出来る。
ビデオに撮ることも、また、音とその場をコピーできる。

コピーというものがあるのに、人が夜中に長者が崎に集まる。
砂浜と波と月、、、その雰囲気なのかもしれません。

が、それだけでしょうか？

音は、振動であるものだと思っていましたが、それだけでは
ないのかもしれません。
光は、目に見ることが出来ませんが、存在することはわかっています。
同じように、音は、分子に作用するものやその他の何か、振動以外にも
何かがあるのではないでしょうか？
ですから、それを感じるために、こうやって人が集うのかもしれません。

どうぞ、みなさん、それを感じて下さい。

風と波の音に遮られながら、聞いた大将の挨拶はこんな感じだった。

今から十数年前に、大将が言った。

日本の楽器は、西洋の楽器と違い空間構築がいらない。
いわゆるオペラなど聴く為の、人間が作る空間のこと。

日本の楽器は、波の音、風の音、そしてバイクの排気音すら
取り込んでしまう。

なるほど、、、、と思った。

感じることなのだ。

そして、今回もまた、感じること。

バイク乗りが、能会を催し、そして集う。
一見不思議に思うことだが、バイクに乗るということは、風を
感じ、においを感じ、様々なことを感じることが出来る。

五感を研ぎ澄ませ

大将が言ったことがある。
なるほど、だから感じるということに敏感なバイク乗りのクラブ、
ケンタウロスが能会を催し、そこにライダーが集まるのか、、、

ケンタウロスは、道を選ばない、だから電話線の上も走る

そういって、十数年前、当時インターネットの前身ともいえる
パソコン通信の世界をケンタウロスは走った。
きっと、何かを感じ取って走ったのだろう。

感じること

僕も鈍感にならずに、全身で感じよう。

横浜に砂浜を造ろうと、、、ハマには浜を！という活動も満月から生まれた。

砂を一粒一粒持ち寄るように砂浜が出来ていく、そんな活動になるといい

大将が新聞記事でコメントしていた。
技術的にも、行政的にも砂浜を造ることはとても容易く、簡単なことであると知った。
なんの想いもなく、簡単に造られてしまう砂浜に何を感じるというのだろう。
結果が同じでも、僕は、大将がコメントしたように一粒一粒持ちよるようなそんな活動から
砂浜が出来ると素敵だと思う。

そうして出来た砂浜からは、きっと、何かを「感じること」が出来るのでは？
そして、それはとても素敵なことにまた繋がっていく気がする。

オートバイクラブのケンタウロス、そこから一見関係ないような能会が
満月ツーリングから生まれ、そして、ハマには浜を！が生まれる。

すべてのことは、繋がっているのかもしれない。

感じてみようと思った。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>昔、記事中にも出てくる葉山の満月に出たときの<br />
感想があったので、参考までに</p>
<p>感じること　　満月ツーリングにて<br />
投稿者：石橋 投稿日：2005/06/23(Thu) 04:11 No.4693</p>
<p>満月ツーリングに参加した。</p>
<p>二、三日前から月が目につき、ふと満月に行こうと思った。</p>
<p>いつもより遅いスタート<br />
待っている間、風が強く感じたが、始まるころには風は止まっていた。<br />
波は、いつもより強く感じ、そして砂浜に押し寄せる。</p>
<p>大倉正之助が、その波に呼応するかの如く、ゆっくりと、そして<br />
次第に強く激しく鼓を打つ。。。</p>
<p>体が自然にリズムを取るように、とてもテンポがよく感じたかと<br />
思うと、何かもの悲しく、切なく感じる間もあった。</p>
<p>今日は、何かとても激しく、何と言っていいのだろうか。。。<br />
久しぶりに聞いた大倉正之助は、今までに聞いたことのない<br />
とても心に残るものだった。</p>
<p>砂浜に拍手が鳴り響く。</p>
<p>ケンタウロスの大将が、挨拶を始めた。<br />
大倉流の鼓を聞いていると同じに聞こえていたものが、<br />
最近、正之助の音が判るようになってきた、、、と</p>
<p>そして、砂浜に集った人たちに問いかける</p>
<p>　「音とは、何なのでしょうか？」</p>
<p>大倉正之助の鼓を聞く為に、こんな夜中、長者が崎の砂浜に<br />
人が集まる。いったい何なのでしょう？</p>
<p>音楽やそのほかのものには、コピーが存在する。<br />
音は、録音することで、その場に行かなくとも聞くことが出来る。<br />
ビデオに撮ることも、また、音とその場をコピーできる。</p>
<p>コピーというものがあるのに、人が夜中に長者が崎に集まる。<br />
砂浜と波と月、、、その雰囲気なのかもしれません。</p>
<p>が、それだけでしょうか？</p>
<p>音は、振動であるものだと思っていましたが、それだけでは<br />
ないのかもしれません。<br />
光は、目に見ることが出来ませんが、存在することはわかっています。<br />
同じように、音は、分子に作用するものやその他の何か、振動以外にも<br />
何かがあるのではないでしょうか？<br />
ですから、それを感じるために、こうやって人が集うのかもしれません。</p>
<p>どうぞ、みなさん、それを感じて下さい。</p>
<p>風と波の音に遮られながら、聞いた大将の挨拶はこんな感じだった。</p>
<p>今から十数年前に、大将が言った。</p>
<p>日本の楽器は、西洋の楽器と違い空間構築がいらない。<br />
いわゆるオペラなど聴く為の、人間が作る空間のこと。</p>
<p>日本の楽器は、波の音、風の音、そしてバイクの排気音すら<br />
取り込んでしまう。</p>
<p>なるほど、、、、と思った。</p>
<p>感じることなのだ。</p>
<p>そして、今回もまた、感じること。</p>
<p>バイク乗りが、能会を催し、そして集う。<br />
一見不思議に思うことだが、バイクに乗るということは、風を<br />
感じ、においを感じ、様々なことを感じることが出来る。</p>
<p>五感を研ぎ澄ませ</p>
<p>大将が言ったことがある。<br />
なるほど、だから感じるということに敏感なバイク乗りのクラブ、<br />
ケンタウロスが能会を催し、そこにライダーが集まるのか、、、</p>
<p>ケンタウロスは、道を選ばない、だから電話線の上も走る</p>
<p>そういって、十数年前、当時インターネットの前身ともいえる<br />
パソコン通信の世界をケンタウロスは走った。<br />
きっと、何かを感じ取って走ったのだろう。</p>
<p>感じること</p>
<p>僕も鈍感にならずに、全身で感じよう。</p>
<p>横浜に砂浜を造ろうと、、、ハマには浜を！という活動も満月から生まれた。</p>
<p>砂を一粒一粒持ち寄るように砂浜が出来ていく、そんな活動になるといい</p>
<p>大将が新聞記事でコメントしていた。<br />
技術的にも、行政的にも砂浜を造ることはとても容易く、簡単なことであると知った。<br />
なんの想いもなく、簡単に造られてしまう砂浜に何を感じるというのだろう。<br />
結果が同じでも、僕は、大将がコメントしたように一粒一粒持ちよるようなそんな活動から<br />
砂浜が出来ると素敵だと思う。</p>
<p>そうして出来た砂浜からは、きっと、何かを「感じること」が出来るのでは？<br />
そして、それはとても素敵なことにまた繋がっていく気がする。</p>
<p>オートバイクラブのケンタウロス、そこから一見関係ないような能会が<br />
満月ツーリングから生まれ、そして、ハマには浜を！が生まれる。</p>
<p>すべてのことは、繋がっているのかもしれない。</p>
<p>感じてみようと思った。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
</channel>
</rss>

