「神戸・須磨浦公園 戦の濱」
源氏軍と平家軍が激突した浜辺です。
この浜辺に陣をしく平家軍団に
騎馬の義経一行は
背後の絶壁を駆け下りて奇襲しました。
この“蝦夷(エミシ)流”の戦法で勝利した源義経は
一躍「時の人」となったようです。
やがて
その義経も
兄・頼朝に追われる身となり
「奥州・平泉で短い生涯を終えた」
といわれていますが
そうではなく
「義経さんは戦火を逃れ
津軽から蝦夷ケ島に渡って生き延びた」
と信じている人もたくさんいます。
公園の西には
この合戦で命を落とした(まだ十代!)
「平敦盛」の供養塚がありました。
写真データ
06年9月2日撮影、神戸市須磨区一ノ谷町
— 宝塚の加藤さまより寄稿頂きました。—
カテゴリー:全国の砂浜 | 投稿日:2007年01月16日 | コメント・トラックバック:1件





12/30“命”…
「年越し蕎麦ツーリング」の用意をしている
臆病者なので荷物が多いのだ…f^_^;
新しい年が
もう、そこまで来ている
自分は高速道の風の中で
新年を迎える (more…)