
ここに、幕末から明治に向かって
駆け抜けた坂本龍馬の像があります。

大きな立像です。
立像は太平洋に向かって立っています。
立像は和装ですが、足もとは頑丈そうなブーツです。
坂本龍馬は「時代の扉」を未来へ押しあけた土佐の俊傑、
英雄…って、そんなこと、皆さんご存知ですよね。
でも、「龍馬」って、ほんと不思議です。

というのも、坂本龍馬は身分もけして高くはありません。
どちらかといえば下級藩士。
「藩主(殿様)と対面」の資格さえなかったようです。
きっと龍馬は、海と船が好きで剣術が得意な
「ただの若者」だったのかもしれません。
そして、“子供のころはダメだった”とのこと。。。。。

いくつなっても
十二歳を過ぎても寝小便…
物覚えが悪い。
どういうわけか極端にのみ込みが悪く、
「読み書き」が出来ない。
結局、師匠にさじを投げられ、寺子屋からは放り出される…
身体はむやみデカイくせに
ケンカはからっきし、
いつも悪ガキに泣かされて帰ってくる…
そんな“ダメ”な龍馬も「剣」に出会って変わり始めます。
自分が打ち込めるものを見付けたから、でしょうか。
そして、この「変わり者で明るく優しい大男」の回りには、
色んな人間が集まって来るようになるのです。
この身体のデカイ若者には「人をまとめる不思議な力」があったようです。
けして二枚目ではないですが、女性にかなりモテたようです。
羨ましいことです。
そして、若者は仲間とともに「海援隊」をつくり、大海原に漕ぎ出しました。

やがて、海と船が大好きなこの若者のアイデアが最後の
“征夷大将軍“までも動かし、時代を明治へと向かわせた、
ともいえるのではないでしょうか。
時は幕末。「テロリズムの嵐」が吹き荒れています。
最後の将軍は、「大政奉還」の立案者であり、反幕志士なのに
「非戦論者」のこの若者に何かを感じたのでしょう。
「土州の坂本龍馬には手を出すな(亡き者にするな)…」
と指示を出したといわれています。
しかし、この指示が現場に届く直前に……
襲いかかる刺客集団を相手に、若者は同志とともによく奮戦しますが、
前額に受けた初太刀が致命傷となったそうです。
悔やまれるのは、手元に刀がなかったこと…
海が似合う気持ちの優しいこの若者も暴力によって生を絶たれました。

撮影日時=08年1月27日、
高知県高知市・桂浜公園 (園内に「坂本龍馬記念館」があります)
参考資料 『竜馬がゆく』=司馬遼太郎著
『坂本龍馬 男の行動論』=宮地佐一郎著
『歴史と小説』=司馬遼太郎著
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