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    タイドプール

    潮だまりですね。
    画像は、何処だと思いますか?

    タイドプール

    タイドプール

    タイドプール

    江ノ島になります。

    ヨットハーバーにあるセンタープロムナードを抜けた先に
    その名も「さざえ島」

    磯の生き物や魚が泳いでいて、子供達がはしゃいでました。

    実は、以前にハマ浜の理事の方から、潮入の池と言う話を
    聞いていて、偶然訪れた江ノ島で発見したのでした。

    実は、我が横浜にもあるんです。

    臨港パーク

    ここに存在します。
    意外と知らないかな?と思っていたのは私だけでしょうか?
    それ、知ってたよ!という方・・・

    では、臨港パークでワカメ育成を!の活動をご存じですか?

    NPO法人海辺つくり研究会

    の皆様が活動をされていらっしゃいます。

    突然、潮だまりの話を・・・と思う方もいらっしゃるでしょう。
    実は私、生まれは博多であったりします。
    生きた時間で言えば、横浜で過ごした時間の方が長くなりました。

    福岡の砂浜ですが、ちょっと外れてみると、白い浜、青い海と
    どこかのトロピカルなビーチのようなところも多かったりします。

    小さな砂浜も点在し、その砂浜の間にあるのが、岩場・・・
    そう潮だまりだったりします。

    僕にしてみると、砂浜と岩場、さらに護岸までも、普通に
    現れては入れ替わる景色、な~んの違和感もない海岸線だったりします。

    ということで、今回、江ノ島で見てきた「さざえ島」をご案内
    しました。

    このつながりで、次回は、臨港パークの潮入の池も散策して
    報告させて頂きます。

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    東京新聞 2006年11月8日 朝刊の記事

    飯田理事長が、写真入りで掲載されています。
    ご覧になった方もいらっしゃると思います。

    インターネットでも現在見ることが出来ますが、
    時間が過ぎると記事が消えてしまうそうですので、
    こちらで紹介させて頂きます。

    ——————————-

    東京新聞記事

    —– 以下、東京新聞の記事の内容になります ————

    ハマには浜だ!
    NPO理事長飯田繁男さん 『横浜を元気にする』

    「浜辺は海と陸のゆらぎの場所。あれこれ区別しすぎる最近の風潮も浜がそばにないから」

    と話す飯田繁男さん

     文明開化の昔から、横浜といえば「ミナト」のイメージが強い。
    だが、かつて海水浴や潮干狩りを楽しむ砂浜もあった。
    この浜辺を取り戻したいと願う一団がいる。“ハマっ子”の記憶が絶えないうちに、

    と夢見る「ハマ」の姿とは。

     「ハマなのに、浜辺がないのはなぜだ?」

     横浜を拠点とするオートバイクラブ「ケンタウロス」を主宰する
    飯田繁男さん(64)が、ふとつぶやいた。

     五年前。神奈川県葉山町の長者ケ崎の砂浜で、仲間たちと月見の
    宴会をしていたときのことだ。二十年近く毎月続けたツーリングだが、
    葉山までの道のりに「くたびれたよな」と弱気になっていた。

     「近場で月見をしたいと思ったときに、横浜に手ごろな砂浜がないことに気づいた」

    と振り返る。

     特定非営利活動法人(NPO法人)「ハマには浜を!」の発端だ。

    飯田さんの呼びかけに、古くからの友人の映画監督林海象さんや、
    女優の余貴美子さんなど百八十人が集まり、二〇〇四年六月に発足。

    一九五〇年代の潮干狩りの様子などを振り返る写真展などを開き、
    砂浜再生を呼びかけてきた。

     横浜市の海岸線は約百五十四キロもあるというが、うち砂浜はわずか一キロ。
    一九八〇年にオープンした金沢区の人工海浜だけだ。
    だが、昭和初期には本牧から金沢にかけて十数カ所の海水浴場があった。

    七〇年代までに埋め立てでそのすべてが失われ、
    浜辺があったことは過去に忘れ去られようとしていた。

    「ハマ造ろうぜ」という飯田さんの思いつきに、若い仲間たちの反応は冷めていた。

        「オレにとっての横浜は港です」。あるいは「誰がお金を出すんですか」。

    だが、浜辺の思い出がある五十代以上の人々は目を輝かせる。

        「若いやつらの横浜は岸壁かもしれないが、その母親にとっての海は、砂浜なんだよ」

    飯田さんも、中学生のころまで磯子や本牧の遠浅の海で遊んだ一人だ。

        「友人と学校をサボって。ポケットにウイスキーを忍ばせてね」

    とにやりと笑う。

     横浜は幕末の一八五九年の開港以来、海を埋め立てて発展してきた。
    飯田さんは

        「経済優先の社会は、土地の小さな記憶を軽んじてきた」

    と指摘する。

    貨物船や客船がひっきりなしに往復する横浜港で砂浜再生は突拍子もない
    「夢物語」に見えるかもしれない。

    だが、飯田さんらは

        「ハマを元気にする夢だ」

    と力を込める。

    海水浴の思い出を喜々として語る古老たちの表情に

        「浜辺について語る場所が必要」

    と思いを新たにする。

     数年前にスペイン・バルセロナを訪れたとき、港に数百メートルの
    砂浜が点在していた光景も、“ハマ浜”の構想を勇気づける。

        「バルセロナ五輪のとき港に造った人工浜らしい。
         市民が欲しいと思ったら、みなとみらい21地区や山下公園に、
         砂浜を造るのは不可能ではない」

     人工海浜についての勉強会も重ね、横浜市の人口に相当する約三百六十万人の
    市民が千円ずつ出し合うと約三百五十メートルの砂浜ができるとはじき出した。

    飯田さんは

        「すぐにできるなんて思っちゃいない」

    と繰り返す。

        「市民が欲しがらないものを行政が勝手に造ってはいけないしね。
        何十年かかっても『やっぱり浜辺が欲しい』という思いが積み重なればいい」。

    砂浜に見る夢は、一人一人の思い出を置き去りにしないハマの姿だ。

     文・中山洋子

     

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    象の鼻 2

    見つけました。

    象の鼻 パネル

    1870(明治3)年頃の象の鼻です。

    これは、象の鼻近くに貼ってあるパネルですが、現物は
    横浜開港資料館が所蔵しているとのことです。

    なんと、この絵にある石積の突堤は残っている!とのこと。
    再開発で、無くなったりしないのでしょうか?
    ちょっと、心配です。

    あと、よ~く見てみると・・・・

      砂浜!!

    が。。。。じゃなく、石畳でした(07/01/21 訂正)

    ペリー提督が黒船で、上陸の目印とした森・・・
    その中の一本が、「玉楠の木」と呼ばれ、今も先の
    横浜開港資料館に残っているのは有名なお話です。

    みなさまも歴史の教科書、ペリー上陸の図というのを
    見た記憶があると思います。(横浜開港資料館所蔵)
    その絵にある木です。

    横浜の開港150周年が、いろいろなところで話題に
    なっています。
    開港した頃、象の鼻には、、、砂浜が存在したんです。

    小さな小さな砂浜だったようですが。。。。
    きっと波の音が聞こえ、素敵な場所だったと想像して
    しまいました。

    さて、このパネル、何処にあるのか?

    皆様は見つけることが出来ますか?

    どうぞ、併せて、当時の石積のあとも見つけて
    みてくださいませ。

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    書籍紹介 ある都市のれきし

    ある都市のれきし

        ある都市のれきし
           ─横浜・330年─
               北沢猛文 /内山正絵

               福音館書店
               ISBN:4834011127

    観光、そして港湾都市「横浜」。

    1656年の横浜は、ほんの小さな村でした。
    この書籍は、1986年まで330年間の横浜の移り変わりを
    みています。

    ちょうど、一年と少し前に、伊勢佐木町の有隣堂でおこなわれた
    復刊記念原画展で、この本の存在を知りました。
    よかった、、、復刊されてと思います。

    様々に移り変わる港町 『よこはま』

        みらいの横浜はどんな風になっていくのか?

    と問いかけがありますが、

        どんな横浜にしたいのか? どんな横浜をイメージするのか?

    を、皆さんと一緒に考えていくことは、とても大事なことではないかなぁ、、、
    と思います。

    実行委員会 Sの独り言

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    横浜散策 1 象の鼻

    象の鼻地区

    大桟橋に向かってちょうど左側、遊歩道を大桟橋に
    向かう場合に降りる階段のところにひっそりと象の鼻が
    あります。

    数年前に、ハマには浜を!にて砂浜候補地にあがって
    いましたが、皆様ご存じのように

    http://www.city.yokohama.jp/me/port/general/zounohana/

    150周年に向けて再開発がスタートしようとしています。

    象の鼻地区に含まれ、隣接する東西上屋倉庫・・・
    横濱コレクターズモールなどで、たびたびテレビで紹介される
    この東西上屋倉庫には、なんと本物の線路がまだ残っています。

    東横浜駅から延びてきた山下埠頭貨物線が、高架になって
    山下公園方面に向かう箇所から、右側に分岐していた専用線
    跡になります。

    山下公園にあった高架もいつの間にやらなくなり、かろうじて
    山下公園のはじっこまでの遊歩道として名残を残しています。

    この遊歩道を何気に歩いてしまうと、東西上屋倉庫を素通りします。
    なんとも、ひっそりとした場所に隠れるように、ただの倉庫に
    見えるのですが、、、この隠れ家的、お茶目なところが横浜の
    洒落みたいで、好きです。

    東西上屋倉庫は、象の鼻再開発により、残念ながら2008年には
    取り壊されてしまうようです・・・・
    線路跡は無くなっちゃうのかなぁ、、、、

    気になる物がもう一つ

    クレーン

    このすごい雰囲気を出して、ひっそりたたずむ
    クレーン・・・
    廃棄されてしまうのでしょうか・・・

    このクレーン、レールの上にひっそりと、たたずんでます。
    ゴミ、錆、、、そして忘れられたように存在し、このクレーンの
    まわりの時間が止まっているように感じることもあります。

    ず~と、象の鼻を見つめてきたかと思うと感慨深く、再開発と
    ともに姿を消してしまうのかなぁ、、、、と。

    みなさんは、このクレーンのそばで、何を感じるでしょう?

    横浜には、古くから形を変えずに存在し続けている物が
    たくさんあります。
    最新技術という物が、本当にすばらしいものであれば
    なんとか、そのモノの雰囲気を生かしながら生まれ変わらせ
    次の世代に伝えていけないか、、、と考えることがあります。

    赤レンガ倉庫も、本当は取り壊してしまう予定だったのが
    今では、横浜の新しいシンボルです。

    壊し、再開発するだけでない、、、、まちつくり・・・
    夢なのかなぁ、、、

    実行委員会S 横浜散策にて

    象の鼻地区
    グーグルマップ 衛星写真

    ↑↑↑
    ズ~ムアップしていくと
    上の写真のクレーン・・・
    レールと共に映ってます。

    2006.12.10 追加

    横浜市 公聴 「市民の声」
    http://cgi.city.yokohama.jp/shimin/kouchou/search/data/18000504.html
     

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    山内ふ頭周辺地区のまちづくり

    ハマ浜実行委員会のSです。

    横浜市 都市整備局
    http://www.city.yokohama.jp/me/toshi/

    ご覧になったことございますか?

    名前のとおり、横浜をより良くとさまざまな計画があります。
    表題の 

    山内ふ頭周辺地区のまちづくりhttp://www.city.yokohama.jp/me/toshi/dcond/keihin/yamanouti.html

    に出ています。

    「 水際線へ向かう歩行者に配慮した広場や遊歩道を配置することで、
    安全で快適な都市空間を確保する。 」

    とあります。小さな砂浜、、、、この地区でも実現できるかもしれません!

    また、都市再生本部のページとしては

    都市再生本部
    http://www.toshisaisei.go.jp/04toushi/kanagawa/yamauchi/01.html

    があります。

    「横浜ベイクォーター」

    が、オープン、たくさんの人が訪れています。

    横浜中央卸売市場が、この横浜ベイクォーターの隣に位置し、
    そのまた隣にあるのが、山内ふ頭になります。

    濱の夕市というのを聞いたことがありますか?

    濱の朝市・夕市
    http://morning-market.seesaa.net/

    ハマ浜の活動に参加していただくことが多い坪倉氏が
    濱の朝市・夕市と題し、いろんな方に市場を知って
    もらう活動をしています。

    坪倉氏とは、別の会やNPOの勉強会でお会いすることも
    多く、情熱的で、とても面白い気さくな方です。

    もしも、、、山内ふ頭に砂浜ができたなら・・・

    横浜そごうから、横浜ベイクォーターをぶらぶら・・・
    横浜の食を支える横浜中央卸売市場の夕市・朝市で
    お買い物や立ち食いをし。。。公園を遊歩道を抜けて
    水際線・・・

    砂浜から横浜港を望む

    山内ふ頭から港湾機能も感じることができます。

    素敵なウォーターフロントゾーンが生まれるかもしれません。

    次回、別の横浜港の砂浜できるかも、、、「新山下」をおおくりします。

    また、この素敵なウォーターフロントゾーンになるかも、、、の散策報告も
    お届けしたいと思っています。

    グーグル マップ
    山内ふ頭周辺の航空写真

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