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    もう一度会いたかった- 多田富雄

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    09/2/22 放送

    ETV特集

     「もう一度会いたかった――多田富雄、白洲正子の能を書く」

    番組URL
    http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html

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    ハマには浜を!の共催

    双〇能
     「横浜三時空」

    市民公募の「能」のネタを元に、
    書いていただいた多田富雄先生。
    その先生のドキュメンタリーが放送されました。

    先生は脳梗塞を患い、日々のリハビリ、
    病気と闘いつつ、現在の医療制度の疑問にも
    戦いを挑んでいます。

    脳梗塞の指てま打つPCは
    様々な想いと共に
    確実に素晴らしい文章を生み出します。

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    Y150 開国博 よこはま 謹賀新年

    あけまして、おめでとうございます。

    昨年は、さまざまなみなさまのお力添えで
    ハマには浜を!も、活動の幅を広げ、新しい
    年を迎えることが出来ました。

    本年、横浜は開港150周年を迎えます。

    ハマには浜を!も、この開国博へ市民参加という枠組みの中
    情報発信をおこなう予定でおります。

    本年度も、どうぞ、よろしくお願いします。

    編集部より

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    hamahamaTShirt ハワイ進出!

    hamahamaTShirt ハワイ進出!

    ハワイのオアフ島。
    クヒオ通り
    おや!
    ここでもハマTがっ!

    驚きの事です(笑)

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    大津の人工浜「サンシャインビーチ」

    大津の人口浜

    近江大橋の袂の西側に(サンシャインビーチ)は在ります。
    (ゆみ浜)とも言います。

    大津の人口浜

    砂浜部分は200メートルくらいかな、
    人工浜で横浜でも完成すると、こんな感じかも。

    大津 うちだ特派員より

    編集部追記
    大津市なぎさ公園サンシャインビーチは、大津市中心部唯一の
    砂浜だそうです。
    面白いことに、海水浴情報として、こ砂浜は紹介されたりもします。

    湖岸沿い全長は約4.8kmに続く公園のひとつに、この白い砂浜
    「サンシャインビーチ」があります。

    この公園の一部では、まちの活性化を考えたオープンカフェの
    構想もスタートしているようです。

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    7/15(火) FM横浜 Tips Town にて(放送されました)

    予定の段階ですが、

    7/15(火) 14:00~のオンエア FM横浜 Tips Town の番組内

    コーナーは、
    「神奈川県 赤十字血液センター Color Of Love」

    理事長がインタビューに答える形で
    出演します。

    お時間有る方、要チェックで! 

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    「神奈川を駆ける」 7/8 日本経済新聞掲載

    「神奈川を駆ける」 7/8 日本経済新聞掲載

    先日、日本経済新聞 横浜支局の取材を受けました。

    7/8朝刊、神奈川・首都圏版の「神奈川を駆ける」

    へ掲載されております。

    ちなみに、理事長着用のTシャツは、
    ハマ浜Tシャツとなります!

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    「篤姫の海」 鹿児島県

    松と海 

    鹿児島県の指宿温泉のそばに
    「薩摩今和泉」という駅があります。

    錦江湾に面した海辺の町の小さな駅です。

    この静かな海辺の町が
    NHK大河ドラマの主人公「篤姫」のふるさとです。
    (現・指宿市岩本地区)

    篤姫は
    娘時代まで多くの時間をこの地で過ごし、
    時の十三代将軍・徳川家定公のもとに嫁ぎました。

    篤姫が暮らした屋敷の跡地は
    今は小学校になっていますが
    屋敷の「石垣」や「松並木」などが今も残っています。

    石垣と松並木

    そして
    その石垣と松並木の先は
    すぐ「海」!
    「砂浜」が広がっているのです!

    お転婆の子供時代の篤姫は
    きっと
    裏座敷から飛び出して
    この「砂浜」まで駆けて行き
    兄や
    養育係の奥老女「菊本」たちと一緒に走り回っていたに違いありません。
    そして時々、
    遠くにみえる桜島を眺めたことでしょう。

    伝えられる話では

     この浜で
     年かさの兄が土地の若者とケンカになりそうになった時
     篤姫は
     この病弱の兄をかばって割って入った

    とのこと。
    なんとこの時、篤姫、五歳!
      「天璋院(篤姫)堅固にして強毅… 明晰にして慈愛深し…」

    当時の良家の子女には珍しく「男勝り」
    好き嫌いのはっきりした性格でありながら
    「下々の者」や「弱い者」に対しては「思いやり」の心を持つ
    「強くて優しい人」だったようです。

    篤姫は
    嫁ぎ先、故郷を遠く離れた江戸城で
    何を思っていたのでしょうか。
    故郷の兄同様、身体の弱かった将軍・徳川家定公を支えながら…

    桜島

     国難の悩み多き上様を
     全ての「しがらみ」から解き放ち奉り
     人情厚き我が故郷
     薩摩今和泉へお連れ申し上げ
     懐かしきあの砂浜で
     二人して桜島を眺めたい…

    そんなことを思った日もあったのではないでしょうか。

    しかし
    その後の「展開」をみると夢の夢
    有り得ませんよね。。。。

    でも
    あっぱれ「一本道」!
    みごと走り切った「薩摩おごじょ」の心意気に乾杯です!
    ゆかりの地 看板

    あいさつをしましょう
    撮影データ:「松と砂浜」「あいさつをしましょう!」「石垣と松並木」=鹿児島県指宿市岩本
          「桜島」「篤姫ゆかりの地 案内図」=R226「道の駅 いぶすき」
          いづれも08年6月30日

    参考資料:『篤姫の生涯』=宮尾登美子著
          勝海舟『海舟語録』=江藤淳・松浦玲 編
          『天璋院 篤姫』=天璋院篤姫展・目録
    加藤博

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    「大津港」 琵琶湖の港 大津:うちだ さまより投稿

    untitled1.JPG

    琵琶湖の港へ

    untitled2.JPG

    濱まさはるです。

    大津のうちださまより、琵琶湖の「大津港」の
    画像の投稿を頂きました。

    うちださまは、後に触れるハマ浜の特派員に
    なっていただくことになることでしょう。

    特派員の大江から届く琵琶湖の浜や今回の
    うちださまの画像投稿をご覧になった読者の方で、
    なぜ?海ではなく琵琶湖?と思う方がいるでしょう。

    うちださまと理事のメールのやりとりを一部、ブログ用に
    濱まさはるが編集させていただき、その疑問の答えに
    なるのでは?と考えてお届けします。

    ——————————

    いつか一回り陸と水の上とそれぞれ廻って
    みたいものだと、、、、
    いつかは、いつかはと果たせないままいまに至っている。

    日本海も琵琶湖に似ている。
    太平洋も陸に囲まれていると
    意識を広げれば内海になるのではないか。

    とすると
    水と水際と陸の関係性が
    琵琶湖を見据えることによって
    明確になるのではないないだろうか。

    単車、自転車、徒歩で取材が可能だ。
    水の上からは三つの方法では無理だが
    同じ箇所を二点から取材の必要有りと考える。
    欲張ると空もあるよな。

    ——————————

    そんなやり取りが垣間見えます。

    いかがでしょうか?

    なぜ?琵琶湖?
    の何かを感じることが出来るでしょうか?

    その土地、土地には、風土と呼ばれるものがあります。

    ハマ浜通信の「タマちゃんシリーズ」、加藤博記者がお届けする
    海やその土地の伝わる逸話など、様々な視点から物事を捉えて
    見据えてみる試みの記事も、これまで、多数あります。

    様々な視点や立場、土地、人の取材から、
    私たちハマには浜をの立ち位置、横浜市民ひとり
    ひとりの立ち位置が浮き彫りになるのではないか?

    ならば、やってみよう!、そんな取材を試みている人たちが、
    ハマ浜の特派員と呼ばれています。

    どんな小さなことでも・・・

    写真一枚と場所だけでも投稿いただけますと、

    インターネットで情報を検索するだけでなく、ハマ浜特派員は

    見て、
    聞いて、
    知って、
    感じるために、

    あなたの街に現れるかも知れません。

    濱まさはる

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    「桜島と磯海水浴場」 全国の砂浜 投稿:横井孝

    鹿児島市内にある浜、磯海水浴場
    磯海水浴場より桜島です。

    磯海水浴場より桜島です。

    鹿児島市内にある浜、磯海水浴場です。

    投稿:横井孝さん

    編集部より
    鹿児島の砂浜の画像を投稿いただきました。

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    いっぷくな空間  「路地」 ハマ浜投稿:小島雅彦さん

    僕は、鶴見区で生まれ、南区で育った。

    南区は、台地と低地によって形成されている。七つの丘と呼ばれる台地。
    そして、大昔、海の部分が陸地になり、さらに大岡川が削ったり、土砂を
    堆積したりして作り出した低地によって形成されているそうだ。

    南区の誕生は、1943年の第2次世界大戦中であり、
    横浜市内では、中区、鶴見区に次ぐ3番目の大きな
    区として誕生した。

    1945年の終戦後、僕の育った町は、関内や横浜駅周辺などへ出るのに
    便利で生活しやすい地域のため、日用品を扱う商店や気がねなく入れる
    飲食店も多くでき、下町情緒が残る町となっていったようだ。

    僕は、このまちの下町に今でも住んでいる。

    下町といえば、決まって路地がつきものだ。
    子どのもころ、路地も遊び場のひとつであった。
    路地は、都会の下町はもちろん田舎の古い町並みにもある。

    僕の体験では、茨城県常陸太田市に昔からの町並みが
    残っているところがある。
    そこでは、隣の庭先が路地になっていた。

    「おじゃまします。」

    と声をかける。

    また、京都市下京区にも古い町並みが残っており、
    そこは、石畳の趣のある路地であった。
    ともに生活のために存在している路地だ。

    僕の住んでいる下町の路地は、どんなことを感じさせて
    くれるのだろうかと思い、暇を見ては路地を散歩した。
    路地の前に立つ。

    下町ではいたってどこにでもある風景だ。
    路地は、少し暗く、いつものように静かだ。
    変わったといえば、路地がコンクリート地になったことか。

    トコトコと歩き出す。心なしかここちよい風が路地を抜けていく。
    さい先がいい ...テレビドラマのようなドラマティックなことが起こるかも ...と、
    思っているうちに路地の端まで来てしまった。

    表通りは、いつものように、人や車の往来で賑わっている。
    日差しが眩しい。明日も散歩してみよう。
    翌日、玄関先にところせましにたくさんの植木鉢を置いている家を見つける。

    葉っぱが風にほんのりと揺らめいている。
    花が咲くころは、あちこちからおしゃべりが聞こえ、とても賑やかなことだろう。
    朝には、お線香の香りが、夕方近くはカレーのにおいが路地の中を漂っていた。

    日曜日の昼下がりだっただろうか、家族団らんの笑い声が聞こえた。
    僕も幸せな気分になった。
    どこかの家からピアノを練習する音も聞こえた。

    また、子供の自転車が路地の真ん中に止めてある日も。
    これも路地ならではのご愛嬌か。
    向こうのほうから、猫が僕の様子を窺っていたことも。

    そういえば、僕が子供のころの路地は、土肌で、デコボコしており、
    小石がごろごろところがっていた。雨が降ると、いつも水たまりが現れた。
    そうなると、僕らにとってはかっこうな遊び場となる。

    靴や靴下をびしょびしょにして家に帰り、決まって母にしかられた。
    今でも街中で、雨の日はそのような光景をときどき目にする。
    今も昔も変わらないものはあるようだ。

    そんなことを思い出しながら路地の端に到着し表通りに出た。
    日差しが眩しい。
    表通りは、いつものように人や車の往来で賑わっている。

    僕は路地を振り返ってみた。そこに、静けさの中に豊かさを感じた。

                              (2007年10月作成)
                                  
                                   小島 雅彦

    編集部より
    僕は、「失われたもの」、「失われゆくもの」の中に、
    その「もの」の本質や特徴が色濃く残っていることが多いいと考えています。

    僕の住んでいる下町も時々刻々と変化しています。
    そんな下町の中で下町情緒を色濃く残している1つに「路地」があると感じ、文章を書きました。
    この文章が読んだ人の明日に繋がるよう、お役に立てればうれしいです。

    というメールの書き出しで、「いっぷくな空間」という投稿を頂きました。

    この「失われたもの」、「失われてゆくもの」と入れ替わりに
    「生まれてきたもの」、「生まれ変わってゆくもの」があるのかもしれません。

    出来ることならば、後者が前者の何らかのものを受け継いでいるものであれば
    脈々と「もの」の本質や特徴が根底に流れるのではと感じました。

    それが、「ハマの意伝子」となるものに形成されると素敵だと改めて
    小島さんの文章を読んでいて感じました。

    編集部員より

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