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    山内ふ頭周辺地区

    実行委員会Sです。

    ポートサイド地区

    はまの景
    http://album.hamacco.net/

    の画像をちょっと加工したものです。

    以前、記事にもしました山内ふ頭再開発地区を
    わかりやすく、囲ってみました。
    ちょっと古い写真で、まだベイクオーターが存在してません。(^_^;

    しかし、再開発って、あっという間に決まって、
    あれよ、あれよと開発されるのだなぁ、、、と
    改めて感じる写真でもあります。

    なかなか機会がなく、山内ふ頭散策が出来ませんが、、、
    現地の雰囲気を知るべく、散策の必要性を改めて感じる
    写真となりました。

    お近くにお住まいで、ハマのタマちゃん特派員のように
    感じたことがあったり、写メールなど頂けるとうれしい
    限りです。

    宛先は、blog@hamahama.jp

    文章、感想、句に俳句などなど、タイトルのみでも
    OKです。
    お待ちしております(^_^)

    参考URL
    横浜市 都市整備局ホームページ
    http://www.city.yokohama.jp/me/toshi/tikukeikaku/c-062m.html

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    象の鼻 子象地区?

    実行委員会のSです。

    ちょっと前にも「カモメのストライキ」の投稿を頂きました
    ハマ浜の会員のハマのたまちゃんより、画像が届きましたので
    紹介します。

    象の鼻

    ハマのタマちゃんは、ハマ浜通信の特派員に任命されました(笑)

    海岸通りに住んでいらっしゃいますので、日々の何気ない風景、
    びっくりするようなお話を聞けます。

    今回は、再開発が始まる新港ふ頭に、ひょこりと顔を出した昔の
    赤レンガのあとの写真です。

    写真にもある赤レンガは、調査するのでしょうか?

    横浜みなと地区の日々の日常をこれからも
    特派員ハマのたまちゃんがお届けします(笑)

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    ハマ浜! ~hama!~

    ・ ハマ浜 通信
    ・ 全国の砂浜
    ・ 私のイメージしたハマ浜

    のカテゴリーで、さまざまな情報や話題、全国の砂浜、
    ハマ浜の活動からイメージした文章や絵などを紹介していきます。

    どうぞ、みなさまもお気軽に、

    blog@hamahama.jp

    メールいただけますと幸いです。

    ハマ浜ブログのバナーを準備しました!ご利用下さいませ!

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    「神戸・須磨浦公園 戦の濱」

    神戸・須磨浦公園

    源氏軍と平家軍が激突した浜辺です。

    この浜辺に陣をしく平家軍団に
    騎馬の義経一行は
    背後の絶壁を駆け下りて奇襲しました。
    この“蝦夷(エミシ)流”の戦法で勝利した源義経は
    一躍「時の人」となったようです。

    やがて
    その義経も
    兄・頼朝に追われる身となり
    「奥州・平泉で短い生涯を終えた」
    といわれていますが
    そうではなく
    「義経さんは戦火を逃れ
     津軽から蝦夷ケ島に渡って生き延びた」
    と信じている人もたくさんいます。

    公園の西には
    この合戦で命を落とした(まだ十代!)
    「平敦盛」の供養塚がありました。

    神戸・須磨浦公園 戦の濱

    写真データ
    06年9月2日撮影、神戸市須磨区一ノ谷町

    — 宝塚の加藤さまより寄稿頂きました。—

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    「間人(たいざ)の浦」

    間人(たいざ)の浦 その1

    「間人」と書いて「たいざ」と読みます。

    京都府北部にある静かな浜辺です。
    聖徳大使の母君
    「間人(はしうど)皇后」にゆかりのある漁村です。

    間人(たいざ)の浦

    間人(たいざ)の浦 その2

    むかし
    大和の都で権力闘争が激しかったころ
    間人(はしうど)皇后は幼い聖徳大使たちが
    テロに巻き込まれることを避けるため
    日本海に面する
    この浜辺の集落に身を寄せられたそうです。

    やがて都での争い事も収まり
    皇后様が都にお帰りになる時、
    この海辺で暮らす人々の優しさと思いやりの深さに打たれ
    感謝の印として
    「間人村」と御自分の名を残されたそうです。

    人々は
    皇后様の御名前を「そのまま呼び捨てにすることは恐れ多い」と
    この地を無事に“御退座”されたことを「誉れ」とし
    「たいざ」と読むようになったということです。

    今は
    この海で採れる「間人ガニ」が美味で
    特に有名です。

    間人浦=06年4月撮影、京都府京丹後市丹後町間人

    —–
    実行委員会Sです。
    宝塚の加藤さまから、「全国の砂浜」の投稿を頂きました。
    ありがとうございます!

     

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    三日住めばハマっ子

    編集部 石橋です。

    「江戸っ子は三代続かないと江戸っ子といわれないが、
     ハマっ子は、三日住めばハマっ子」

    ハマっ子でもある随筆家の故青木雨彦さんの名言といわれています。

    保土ヶ谷宿や神奈川宿は、江戸時代に整備され、栄えていた宿場です。
    東海道や各街道が整備され、きっと人が行きかう町だったのでしょう。
    江戸時代、現在の横浜市域に住んでいた農民の識字率は大変高かった
    といわれています。

    村役人は農民の身分でありながら、旗本や代官に代わって村政を担う
    ことを求められた結果だそうです。

    当然といえば、当然ですが、そういう農民の中には
    読み書き、算術にとどまらず、俳句や短歌、生け花、碁など
    文化活動をおこなうものも現れていたそうです。

    こうして考えると、開港以前から人が行きかい、当然
    それとともにいろいろな文化なども入ってきていたと
    思います。

    さまざまな文化を受け入れる風土みたいなものが、今でいう市民の
    農民に、江戸時代にゆっくりと浸透していたのかもしれません。

    開港後に、外国の異文化を受け入れる風土が市民レベルであったのかな
    と考えます。

    開港後は、急激に整備が進みます。
    これにともない、文化だけでなく、たくさんの人たちが横浜に住み着く
    ことになったのでは、と想像します。

    先の風土が、文化のみならず、人までも受け入れることに躊躇が
    なかったのかなぁ、、、、と思うのでした。
    私も横浜に根を下ろしたとき、違和感がなかったのでした。

    そして、不思議なことに、横浜に根を下ろす人たちは、とても
    横浜を愛してやまないようです。

    そういう根を下ろす人で、
    横浜を愛する人たちがたくさんいたので

     「三日住めば、ハマっ子」

    なんて、洒落た言葉が生まれたのかもしれません。

    ま、僕的には

     「ハマっ子は、横浜を愛して、三日も住めば、ハマっ子」

    なんて思ったりもします。

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    開港当時を知る波止場

    実行委員会Sです。
    象の鼻のメールを頂いたので、ちょっと
    歴史を調べてみました。

    ——–
    1854年3月3日 日米和親条約

    ペリー提督が横浜村へ来航、現在の横浜開港資料館に現存する
    「玉楠の木」を目印に上陸し、幕府と条約を結びます。
    開港広場には、ひっそりと日米和親条約調印の記念碑が立ちます。
    これにより、下田と箱館(函館)が開港されます。

    それから、4年・・・

    ——–
    1858年6月19日 日米修好通商条約

    アメリカ総領事ハリスが先の条約に基づき、下田に着任します。
    ハリスは、幕府と粘り強く交渉し、日本との貿易に関する条約
    日米修好通商条約が金沢区沖に停泊するアメリカ軍艦「ポーハタン」
    の船上で調印されることになります。

    ——–
    1859年6月2日

    日米修好通商条約に基づき横浜、長崎、新潟、神戸が開港されます。
    のちに下田は閉鎖され、横浜、函館、長崎、新潟、神戸の5港が
    開港されたことになります。

    ——–

    と、ざっくりですが、こういう経過でアメリカ領事ハリスの
    外交努力により、横浜は開港されます。

    歴史的に見て、「横浜」という文字が文献に初めて見られるのは
    室町時代、応仁の乱のちょっと前になります。
    それから400年あまりのち、開港により、国際港湾「横浜」が
    産声を上げたことになるのでしょう。

    開港時、砂州の中央部あたり、二条の突堤が築かれます。
    これが、西波止場、東波止場になります。
    そして、背後に鉄桟橋(現在の大さん橋の原型)が造られます。

    東波止場といわれても、ピンとこないので、愛された名称
    象の鼻がこれに当たります。
    イギリス波止場とも言われています。

    同じ時期に、フランス波止場も造られています。

    現在、
    西波止場側は、新港ふ頭という形に姿を変え、
    フランス波止場は、関東大震災後の瓦礫で造成され、山下公園と
    なりました。

    関東大震災で被災した象の鼻ですが、その後修復され
    今に至ります。
    そして、再開発により、その姿を変えることとなります。

    開港から150年、当時の様子をわずかに残した象の鼻が
    姿を消し、近代化した象の鼻になります。

    そうして、開港当時の総ての波止場が横浜から姿を消すことに
    なるのでした。
    参考URL
    イギリス波止場
    http://www.city.yokohama.jp/me/port/general/zounohana/inf_zou/03.html
    フランス波止場
    http://www.city.yokohama.jp/me/naka/sighthist/sanpo/rekisi/rekisi-22.html

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    ハマの 『 リカコ 』

    実行委員会Sです。

    みなとみらい・・・
    ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルの
    夜景です。

    ハマの「リカコ」

    1981年に市民公募により、『みなとみらい21』と
    名称が決まり、早25年です。
    インターコンチネンタルが開業したのが1991年。

    当時は、何にもない空き地でした(^_^;
    あまりに何もなく、インターコンチネンタル従業員用の
    シャトルバスを駅まで走らせていたそうです。

    みなとみらい地区は、西区と中区にまたがり、面積は
    1.86平方キロメートル、そのうち、埋め立て面積は
    0.76平方キロメートルになります。

    ハマの『リカコ』

    上の画像でお気づきでしょうか?
    インターコンチネンタルの青く光ってる部分です。

    ホテル先端部の頭頂部に、船を安全な航海に導く
    平和のシンボルとして女神像「みちびき」が佇ん
    でいます。

    この女神の名・・・「リカコ」です。

    ホテルの開業から15年ちょっと、女神
    ハマの「リカコ」は横浜港をそっと見守っています。

    ハマの「リカコ」

    どうぞみなさん、近くを通ったら、ハマの「リカコ」を見つけてみてくださいね。

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    カモメのストライキ?

    実行委員会Sです。

    ハマには浜を!の会員の方で、海岸通りに在住の方から
    面白いメールが来たので、ご紹介します。

    以下メールです。

    ———-

    おはようございます!

    毎日良い天気!
    今朝も象の鼻地区は唸りを上げて工事中。

    警戒船をしりめに、カモメ達は、象の鼻の上で
    ひなたぼっこ。
    ここは私たちの物と言わんばかりに三列程に整列して。

    ここから見ると白い帯に見えるから数百いるねキット。
    まるで座り込みのストライキのようですよ。
    いい光景なんだよなぁ、、、カモメ達のひなたぼっこ。

    象の鼻地区 開発風景

    ———-

    日常の風景を感じますね(^_^)
    カモメたちは、開発後どこへ行くんでしょうか?(^_^;

    みなさまの中でも日常で感じたことなどあったら
    ぜひ、お教え下さいませ。

    追記
    メールを頂いた方にブログの掲載のことを
    お話ししましたら、今日の午後の象の鼻と
    かもめ達の画像を頂きました(^_^)

    象の鼻のかもめ達

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    鳥取県の白兎海岸

    鳥取県の白兎海岸

    2006年4月 撮影
    鳥取県の白兎海岸です。
    因幡の白ウサギの伝説の舞台となった砂浜です。

    宝塚 加藤さまより

    参考URL
    バイク日記
    http://blogs.yahoo.co.jp/fxd164/archive/2007/1/1

    全国の素敵な砂浜の投稿をお待ちしております。

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