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    フェンスの中より タマちゃんの横浜散歩

    根岸 競馬場公園 「アメリカ」より望む

    旧根岸競馬場、一等観覧席跡。

    日本の競馬発祥の場所です。
    風雨にさらされかろうじて少し残っています。
    是非保存して欲しい文化遺産です。

    戦後アメリカ軍に接収され、まだ一部そのまま使われて
    根岸ベースになっています。
    アメリカ側から写しました!

    ハマのタマちゃん

    編集部
    確か、この根岸の競馬場公園に印刷所だった建物が
    あると記憶しています。
    戦後、紙が無く、印刷所が焼けてしまったときに
    この場所に軍用の印刷機と紙があり、そのまま書籍など
    印刷していたのですが、横領的な罪に問われて閉鎖に
    なった・・・というような記事を読んだことがあります。

    ちょっと、正確に調べてみまして、記事にしたいと思います。

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    琵琶湖の浜 近江今津

    琵琶湖の浜 近江今津

    今津の浜です。 

    『琵琶湖周航の歌』

    われは湖の子
     さすらいの旅にしあれば
      しみじみと のぼる狭霧やさざなみの
         志賀の都よ いざさらば

    作詞者 小口太郎ら旧制三高クルーによって
    歌い出された。
    ”歌誕生”にゆかりの深い今津の浜。

    「第二回 今津レガッタ」 へ参加。
    (撮影日2007/8/19)

    ハマ浜特派員 滋賀支部 大江竜之

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    英字新聞 ヘラルド朝日 8/19掲載されています

    ヘラルド朝日
    ヘラルド朝日の取材を受けていましたが、
    8/19に掲載されました。

    Weekend Beatの横浜特集の掲載になります。

    面白いのが、ご縁のある中央卸売市場の
    坪倉氏が”Lawbreaker”として同じ特集に
    登場しています。

    やっぱり、横浜を愛する人たちは、面白い人が
    多いと感じるばかりです。

    ハマには浜をは、NPO準備段階からさまざまな
    個性のある人たちに支えられています。

    現在の理事の方々も、かなり個性が強く、
    楽しい人たちです。
    同じ事は特派員のみなさんにも言えますが・・・

    もったいないので、ハマ浜通信番外編を設けて
    一人ひとり紹介していきたいなぁ、、、と
    思っています。

    お楽しみにぃ

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    瀬戸田サンセットビーチ 広島県尾道市

    さて、今回

     「しまなみ街道」の砂浜を

    巡りましたのでご報告致します

    原付に乗ってトコトコと尾道に向かう尾道の対岸に
    ある向島に渡り、そこから因島大橋を経て因島を通り
    生口橋を渡って生口島(瀬戸田)に到着。

    生口島橋

    時計と反対方向でR81を(北)に海岸線を走ると
    平山郁夫美術館や耕三寺を通り過ぎる

    右手方向に瀬戸内の島々を眺めながら走り続けると、やがて
    大きな海浜施設が現われるので迷う事はないだろう。

    瀬戸田サンセットビーチ その2

    瀬戸田サンセットビーチ その1

    かつて、NHKで放映していた「ひょっこりひょうたん島」の
    本物(高根島)を眺めることもできるのが、全長800mの
    「瀬戸田サンセットビーチ」なのである

    瀬戸内の砂浜は意外と少ない。

    潮の流れが速く満潮干潮時の海面の高低さが激しいのも
    大きく影響していると考えられる。

    高根島とサンセットビーチ

    因島と生口島と因島大橋

    大三島とサンセットビーチ

    尾道大橋

    安全にしかも安心してのんびりと過ごせる砂浜となれば
    やはり人工的に整備した砂浜しかないのであろう。

    かつてはこの瀬戸内一帯を制覇していた「村上水軍」
    ここ生口島にもその「村上水軍」にゆかりのある地名や建物が
    多く点在しているのである

    そうか・・・「村上水軍」をベースにしまなみ街道を散策する
    という案も良いかもしれない。

    ハマ浜特派員 三東寛 記

    編集部追記

    〒722-2404
    尾道市瀬戸田町垂水1506-15
    瀬戸田サンセットビーチ
    TEL (0845)27-1100
      サンセットビーチ 
    瀬戸田サンセットビーチ公式ホームページ
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    横浜の「ミシシッピ湾」 磯子の海

    一月の何日だったか、磯子区の放火によって市場マーケットが
    焼失しました。滝頭市場は、再建を断念し、寂しいことです。
    「浜マーケット」は、類焼を逃れた店と復活を目指しています。

    私は、昭和17年(1942年)11月、横浜市中区に生まれました。
    相生町3丁目の今はマンションに変わっていますが、当時は
    関東病院(?)、平成2年までは国際親善総合病院(現在は、
    泉区西が岡に移転)で出生しました。

    その頃の住居は、中区打越にありました。 
    昭和20年5月の横浜大空襲で焼い弾による爆撃により自宅は
    焼失し、津久井に疎開をし、終戦後の9月末に磯子区岡村に
    住居を定めることになりました。

    未だ3歳の頃でした。横浜に戻ってきたときの縁側で食べた鮭の
    缶詰の味は忘れられないおいしさでした。

    在りし日の横浜 1

    昭和24年4月に横浜市立磯子小学校に入学しました。
    学校から「浜マーケット」を通過して、市電通り(国道16号線)へ
    出ると「浜」停留所で、それを越えて浜東の住民街を通り過ぎると
    磯子(根岸~屏風ヶ浦~杉田)の海です。

    在りし日の横浜 2

    根岸湾の海岸線は遠浅の砂浜のあるところで、引き潮の時は、
    潮干狩りを楽しみました。浅蜊も捕れましたが、潮吹き貝が多く、
    砂出しが難しく食用に向きにくかった思い出があります。

    冬場は、海苔そだがたち、夏には海水浴で引き潮の時は砂地で、
    満潮になると禅馬川等の河口は1.5~2.0mの水深となる自然
    の趣きがありました。

    在りし日の横浜 3

    京浜東北線の根岸線は昭和39年5月に磯子駅まで開通しましたが、
    昭和34年から建設のための埋立てが始まりました。

    鉄道を私も利用し、その便利さを享受していますが、自然を一部でも
    残すことが出来なかったのか、開発者に対して抗議を言いたい。

    あんなに全部埋立てをし、工業地帯、港湾地帯にしなくても良かった
    のではないでしょうか。

    大型船を着岸するためには、20M以上の水深が必要となりますから、
    その内海を残すことにより、砂浜を一部でも残して欲しかったと思って
    います。

    再来年(2009年)は、「横浜開港150周年」となりますが、
    江戸時代末期の黒船来航のペリー艦隊の船員が屏風ヶ浦を観て
    故郷のミシシッピ海岸にそっくりだと懐かしんだという。

    NPO「ハマには浜を」は、砂浜の再生を願っています。

    ハマには浜を 理事 根津建

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    リアスの海辺から…ハマっ子頑張れ!

    リアスの海辺から 文春文庫
    畠山重篤

    という本があります。
    副題が「森は海の恋人」となっています。

    環境問題や自然のことが今ほど考えられることの少なかった
    1989年より、宮城県の気仙沼で牡蠣や帆立貝の養殖を営む
    畠山重篤さんは、気仙沼湾に注ぐ大川上流の室根山で漁民に
    よる広葉樹の植林活動を開始します。

    この活動の名前が「森は海の恋人」です。

    当時、さまざまな反対というか反勢力的なものがあったと
    ドキュメンタリー番組で見たことがあります。

    森の枯れ葉などから栄養が川にながれ、豊かな気仙沼湾が育まれる、
    畠山重篤さんの子供の頃の豊かな気仙沼湾を再生させようとした
    活動です。

    活動を通して、川に流れ込むという意味でも農業、
    酪農を営む方々など、さまざまな人たちへとその輪が
    広がっていったそうです。

    濱っ子という言葉をこのブログでよく使っています。

    青木雨彦さんの「三日住めばハマっこ」という共感と、ある意味、
    言葉だけのハマっ子から元気なハマっ子を復活させたい気持ちが
    あります。

    「砂浜なんて出来ないよ」

    という意見をいただくことがあります。

    が、
    出来るか?出来ないか?ではないのです。

    作るか?作らないか?
    そして、その砂浜を次世代へどんな形で、つなげていくのか?
    ということなのではないでしょうか。

    NPO設立以前の準備活動の段階では、夢物語のような
    活動という捕らえ方が多かったと記憶しています。

    先の「森は海の恋人」という活動に比べれば、技術的なこと
    学術的なことや前例という意味では東京のお台場があるなど
    遥かにさまざまなことが整っているにもかかわらずです。

    もっと言えば、横浜には金沢区に人工砂浜があるのです。

    どうぞ、みなさん「夢」から一歩踏み込み、

    砂浜の再生を目論む濱っ子たち

    その輪に加わって、愉しんでみませんか?
    ハマには浜をは、その実現のお手伝いをこれからも続けて
    いきます。

    ハマ浜特派員 いしばしぃ

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    謎の集団・・・実は、ハマ浜特派員(笑)

    謎のハマ浜特派員と編集長

    怪しげな雰囲気をかもし出しています・・・

    が、なんと、偶然ハマ浜特派員たちが
    ハマ浜新聞の伊藤編集長のもとに
    フラフラと集まってくる・・・貴重な写真です(笑)

    今後も、全国各地からの特派員情報を
    みなさまお楽しみ下さいませ!

    ハマ浜新聞、、、入稿作業等々、、、がんばってま~す!

    ハマ浜特派員 いしばしぃ

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    hama!T 進捗状況

    NPOハマには浜を Tシャツ 2007年版

    ハマには浜をのTシャツプロジェクト、
    順調に遅れています(^_^;

    買って参加!
    着て、まわりの人に知ってもらうことで参加!

    というプロジェクトです。
    同じ趣旨のステッカーも、、、順調に遅れてますが、
    最終段階に入っていますので、今しばらくお待ちを!

    Tシャツは、環境問題やエコロジーの思いも込めて
    緑色の深いものをベースに考えています。
    完成したときは、どうぞ、よろしくお願いします!

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    ハマ浜新聞のページを追加しました

    http://blog.hamahama.jp/hama-news-p

    に、ハマ浜新聞のページを追加しました。
    ブログ記事と違い、携帯での閲覧は出来ませんが、
    新聞をPDFで見たり、ダウンロードすることが出来ます。

    どうぞ、まだ見たことがない方、ご覧下さいませ!

    ただし、2007年夏号の新聞は、A3サイズですが、
    公開しておりますファイルは、A4サイズになっております。

    編集部より

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    鐙摺(あぶずり)海岸 神奈川県三浦半島を行く その1

    編集部石橋です。

    神奈川県に三浦半島と言うところがあります。

    編集部石橋から、、、特派員いしばしぃとして
    この三浦半島の砂浜や東京湾など、お届けして
    いきたいと思います。

    第一回目は、以前

    神奈川県 三浦半島 逗子にある鐙摺(あぶずり)海岸 その1

    ハマ浜ブログ記事
    鐙摺(あぶずり)葉山港
    http://blog.hamahama.jp/archives/132

    で紹介しました小さな小さな砂浜、鐙摺(あぶずり)海岸です。

    近くに素敵なカフェや食堂もあり、砂浜を裸足で
    歩くと気持ちいいものです。
    ヤドカリや小さな魚もたくさん確認できました。

    神奈川県 三浦半島 逗子にある鐙摺(あぶずり)海岸 その2

    この海岸、あまりに小さく意外と知られていないようです(^_^;
    どうぞ、みなさまお近くを通られるときにどれぐらい小さいか
    体験してみてくださいませ。

    神奈川県 三浦半島 逗子にある鐙摺(あぶずり)海岸 その3

    夕暮れは、海岸から海を望む方角に沈んでゆき、素敵ですよ。
    遠く江ノ島も確認できます。
    画像には写っていませんが・・・

    三浦半島の砂浜情報、環境情報、まちの情報などなど
    お待ちしております!

    ハマ浜通信特派員 いしばしぃ

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