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    海のゴミを考える ハマのタマちゃんの嘆き

    昨日、東京湾と横浜港のゴミが深刻な状態だとニュースで聞きました。
    70%は河川から大水の時に海へ。

    沈んでいる大型ゴミにスクリューがからみ沈没し乗組員が死亡。
    浮いているゴミにからみつき又はえさと間違え動物も命を落とす。
    生態系が狂い、海が狂う。

    リサイクル法が出来、お金を出し渋り何でも海や河へ捨てるケチなヤツ。

     「壊れないテレビを売ってくれ。壊れたら海へ捨てるだけだからさ。」

    リサイクルショップでのアジアの船員のセリフ。

    オーマイゴット!

    私はあなたたちを海のゴミにしたい!!

    ハマのタマちゃん

    編集部注
    何やら、温厚なタマちゃんが嘆き、お怒りのようです。

    海のゴミ問題は、日本国内にとどまらず、各アジアからの
    漂流物などで、奄美、九州地方など大きな問題となっています。

    結局は、一人ひとりのモラルという、この時代には
    危ういものとなった感があるものが最後の砦です。
    さらに、それが全世界的な人びとのモラルによります。

    地球温暖化、ゴミ問題と問題山積みの人類は、地球の
    裏側の会ったことのない人を思いやる気持ちを持たなければ
    未来がないのかもしれません。

    この時代、タマちゃんのように気がついたとき、憤り、嘆き、
    そして、一人ひとりが、考えることからはじめることは、
    とても大事なことだと考えます。

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    07/11/17 「濱の市」 with ハマには浜を!

    hama! ハマには浜を!

    「濱の市」にハマに浜を!参加しました。

    07/11/17 濱の市

    「ハマティー」と新聞などなど、いらっしゃったお客様に
    アピールです。

    本牧の海岸の話をしてくださったり、
    お声をおかけいただいた皆様、ありがとうございました!

    ハマには浜を!をイメージして、生まれた歌

    「やさしい未来」 福山竜一

    「濱の市」にも来ていまして、なんと、ハマ浜の
    出展前で、「やさしい未来」を歌ってもらいました!
    http://fukuyama-ryuichi.com/ryuichi.html

    「やさしい未来」 福山竜一

    タイトルどおり、とてもやさしい気持ちに
    そして、そんなみらいをつくりたい・・・
    どうぞ、一度聞く機会があるといいですよ。

    そして、ポートサイド地区の一角では
    音楽を愛するもの同士の即興の演奏が
    海辺でおこなわれていました。

    海辺のセッション

    ハマには浜を!は「濱の市」を応援しています!

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    「横浜を食から考える」 坪倉良和さん取材記

    横浜中央卸売市場 本場

     皆さんは、どこにあるか?ご存知でしょうか。

    横浜そごうからベイクオーターへ抜けた、その先にあります。
    偶然、坪倉氏とお会いすることになる濱の夕市へお邪魔する
    まで、私は知りませんでした。

    横浜中央卸売市場は、1931(昭和6)年に開設、市内の公設市場として、
    よく知られている南部市場とともに、横浜市民350万人の台所としての
    機能をしています。

    水産仲卸93社、青果仲卸30、関連事業者52の175社が、
    横浜を支えていると言えます。

    坪倉良和氏は「食」を通して、さまざまなことにアプローチしています。
    そのパワルフさにはいつも驚かされ、勇気をもらいます。

    その活動のルーツは、坪倉氏が横浜市中央卸売り市場 活性化委員会
    委員長になった3年ほど前にさかのぼることになります。

    昭和という時代に大量消費の波が訪れ、大型店舗が全国に広まります。
    町の交流の役目も担っていた個人商店が並ぶ商店街は、大きな時代の
    波に翻弄され、中には姿を消してしまったところもあります。

    「活性化委員会」が立ち上がるのですから、この時代の波は、横浜中央卸
    売市場本場にも少なからず、影響を与えたことは、言うまでもありません。

    「出る釘は打たれる」といわれますが、前人未到の試みを続ける坪倉氏に、
    苦労は絶えないはずですが、会う度に、いつも満面な笑顔です。委員長に
    なった当時のことを聞くと、一人で声を上げて騒いでるような状態だったよ、
    と笑ってます。

    夢を信じて止まない一人の確信犯が、情熱を持って行動するのです。
    その情熱が伝染しないわけがありません。ひとり、ひとりと覚悟を持って、
    「出る釘」となっていったようです。

    坪倉氏を中心とした「出る釘」から「出すぎた釘」の仲間たちは、
    「濱の朝市」、「濱の夕市」、「日本丸のバザー」など積極的に
    活動を広げていきます。

    「出すぎた釘は打たれない」と聞いたことがあるのですが、変革と
    いうのはそういう覚悟を持った人たちから起きるのかもしれません。

    2004年、坪倉氏の活動から「濱の河岸ぱん」という商品も産み落とされ、
    ひとつのシンボル的商品となっています。
    戦略的にこういう商品を作るのが、マーケティングといわれるものでしょう。

    ところが、「揚げたての薩摩揚げをなんとか多くの人に」という思いが先で、
    この商品が生まれたと聞きます。
    「食」をとことんまで考え、その先の消費者を見つめて、真剣に向き合っている
    坪倉氏らしいエピソードではないでしょうか。

    大きな変革には、必ず、拒絶反応も起きますが、それに負けない情熱を
    持ち続け、活動し続けた坪倉氏たち、メディアは少しずつ取り上げたり、
    他団体が参加したり、風が吹き始めます。

    時代もその風に、答えるかのように、「スローライフ」から派生した
    「スローフード」運動が、日本で注目されることになります。
    不思議なもので、横浜スローフード協会が、ほぼ同時期に立ち上がり、
    横浜で「スローライフフェア」が開催され、今年もおこなわれました。

    坪倉氏は、「地産地消」という言葉か注目される以前から、神奈川、
    横浜の食べ物を捜し求め、あちらこちらに出没しては、行動し、思いを
    繋げていきます。

    以前、軽く話の中で私の自宅の近くの変わったパン屋のことを話したら、
    しっかり、食べに来ていたようです。

    そして、2007年11月17日に「濱の市」は新たな段階へ進むべく、
    リニューアルオープンをおこないます。

    いろいろな商店などが集まり、中央卸売市場にホットな場所が
    生まれようとしています。

     「面白そうでしょ?」

    取材の際に、そう濱の市を説明してくれる坪倉氏の情熱は、
    出会ったあの時と少しも変わらないどころか、さらに熱く感じたのでした。

    参考Web
    「濱の朝市」、「濱の夕市」などの
    開催情報など、公式ページをご覧ください。

    濱の市 ホームページ
    http://hamaichi.boo.jp/
     

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    「僕は、横浜を買ってないよ」 福寿祁久雄

    本牧ジャズ祭で、偶然お会いしたことをきっかけに福寿祁久雄さんへの取材となりました。

    福寿祁久雄さんは、知る人ぞ知る映画興行師で、ミニシネマを仕掛けてみたりなど、
    映画を愛し、現在は、福・寿シネマと題打って、定期的に上映会を行ない、映画ファン
    の交流の場を創っておられます。

    「濱マイクシリーズ」の第1弾映画の企画、更に、同シリーズに主人公の義父で
    福寿祁久雄という登場人物は、本人です。
    先日、横浜の情報誌「ぱど」にも登場していました。

    昭和10年生まれの福寿祁久雄さん。
    私は、この世代の方に、必ず質問することがあります。

    「先の戦争は、福寿さんの中で総括できていますか?」

    答えは、総括なんて出来てないよ!です。

    この質問をぶつけた方は、皆そう答えてきます。
    今の世の中の歪みは、ひょっとしてここから来てるのかもしれないと
    最近思うことがあります。

    福寿さんは、横浜で生まれ、戦中に疎開など家庭の事情以外はずっと横浜で
    時を刻んできたそうです。映画の仕事に就きたくて就きたくて、昭和31年、
    映画の看板描きの仕事をはじめたそうです。

    今と違い、映画の宣伝用看板は、手書きで描かれていました。
    このとき、描いた映画看板から得た映画の監督や俳優などの知識が、
    後の興行師 福寿祁久雄の礎になったそうです。

    好きであること、好きであり続けることというのは、一つの才能であって、
    無駄なことなど無いと思わせるエピソードだと感じます。
    そして、好きであるからこそ、困難があっても持続し続けることができるのでしょう。

    半世紀、50年も映画に関わり続けて来たことになります。
    映画看板を描いていた当時、磯子の海を市電の駅を降りてはスケッチを
    描いていたそうです。

    探してもらうようにお願いしました。
    皆様に紹介できる機会が持てる時が来ると素敵ですし、楽しみです。

    「横浜を僕は、あまり買ってないよ」

    と切り出す福寿さん。
    だって、横浜って何か誇れるものがあるの?

    と、いろいろと投げかけてきます。
    そして、私

    「それって、福寿さん、横浜が好きで好きでたまらないと聞こえますよ」

    と、一同に笑いがおきます。
    好きな横浜よ!がんばろう!としか聞こえません。
    普通、買ってない横浜に、70年ちょっと住んでないですよ。

    福寿さんの過激な問いかけは、不満や文句に聞こえない上、
    考えさせるものばかりです。
    その語り口が、必ず、「どう?どう思う?」と問いかけて来るからかもしれません。

    その問いかけは、とても力強いのです。
    生きる自分の立ち位置をしっかりと理解し、映画を軸に横浜を励まし続けて
    いることが伝わります。 

    そのスタンスで、さまざまな地域活動に積極的に参加されています。
    常に、「これでいいのか?」と自身に問いかけながら、誠実に生きている
    と伝わってきます。

    「横浜に民主主義はあるのか?」

    って、いうのはどう?と笑いながら、でも真剣に問いかけます。
    なかなか深い問いかけですが、横浜市民は、横浜を愛して、ちゃんと横浜を
    思ってる?考えてるか?と、その瞬間聞こえました。

    これも福寿流の横浜の愛し方で、「これでいいのか?」と自分自身、
    そして横浜、ハマっ子たちへの問いかけでもあるようです。
    結構深いキャッチコピーです。

    さすが、興行師、飛び出す言葉がそのまま、キャッチコピーになるものばかりです。
    全部を紹介できないのが残念です。
    福寿さんと話をすると、とても過激なキャッチコピーやアイディアが飛び出してくる、
    さらに行動に移しちゃうので、びっくりする方もいるかもしれません。

    しかし、私には、その言葉、行動の裏に、それほど横浜が好きなんだ、
    映画を愛し、横浜を愛し、きっと、人を凄く愛してるんだ、と感じるのでした。

    映画と横浜が好きで好きで、思い続けて、映画に関わり、奢ることもない、
    その人懐っこい笑顔と過激な意見、すっかり福寿ワールドを楽しませていただきました。

    さまざまな人たちを育んできた横浜を私たちはどう育んでいくのか?

    真剣に考える時期であるのかもしれません。

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    ハマのタマちゃん 横浜散歩その4

    横浜 県庁前

    そろそろ、良い色になって来ました。

    県庁前。おなじみの銀杏ですが、これからが見頃です。

    ハマのタマちゃん

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    坪倉良和さん

    坪倉良和さん

    ハマ浜新聞 冬号 取材のため「中央卸売市場、本場」に行って来た。

    お目当ては
    坪倉良和さん。

    三年前から 大手量販店中心になってきた。
    小売り店を盛り上げ市場の活性化を促進。
    過疎化を防ごうと努力している。

    「商売なんだけど商売だけではない、自分だけ良ければなんて無縁の世界

    売り手も買い手めひとつになれる、助け合って、気持ちを通わせて、優しく、柔らかな空気を醸し出す
    それが濱の市。」

    坪倉さんの名刺の裏には
    こんな文章が。。。

    濱の市

    ハマには浜へ!の協力も惜しまない。
    坪倉さんですが
    次の取材にと活動的に
    スケジュールもこなして
    笑顔で立ち去っていきました。

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    象の鼻 タマちゃんの定点観測日記 その11

    象の鼻 工事再開

    工事再開。

    この夏、工事をしていたのでしょうか?

    見かけなかった気がします。
    背の高い草に覆われています。このところ又進んでいるようです。

    ハマ浜特派員 ハマのタマちゃん

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    福寿祁久雄さん

    福寿祁久雄さん ザイムで上映会の準備中

    「ハマ浜新聞」冬号の記事の取材。
    映画 興行師 福寿プロデューサーを訪ねた。

    明日から上映する「流れる」という映画の準備の合間、熱心にお話ししてくださる。

    横浜はなにもなさすぎる。観光案内したくとも
    中華街しかない。

    でも三日あれば野毛に連れて行くね!内側から 目線を低く、紹介したい。

    もし
    磯子に浜が残っていたなら横浜は誇れただろうね。

    「横浜には民主主義がない。」一日に一度唱えるといい。

    10歳で終戦を迎え、二週間で世の中がかわった時代を知っている72歳。

    何かをやり続ける
    やり遂げる
    というパワーを沸々と感じた。

    ハマ浜新聞 編集長 伊藤久美子

    編集部より
    だれ?と思う方、

    私立探偵 濱マイク シリーズ
    我が人生最悪の時

    浜の横顔に出ていらっしゃる林海象監督の作品の
    企画を担当した方です。
    ちなみにこのシリーズ、登場人物に福寿祁久雄あり。

    役名ですが、そのまま本人です(^-^;

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    「義経北行」の海

    義経一行が北海道に向けて船出したといわれる三厩の港

    青森県東津軽郡外ヶ浜町三厩(みんまや)。

    義経寺より北海道を望む

    龍飛崎のあるところです。
    浜から
    北海道が見えます。

    三厩の浜

    ここ三厩の伝承では、

     源義経は
     龍飛崎の近くの海岸から
     仲間と共に
     龍馬に乗って北海道へ渡った

    といわれています。
    今も「義経北行」を信じている人がたくさんいるのです。

    「龍馬が繋がれていた」とされる岩場の上には
    “義経寺”というお寺があり
    そして岩場の前は、今は公園となっています。

    そこに
    「義経」と並んで
    「静御前」の龍神塔が建っていました。

    龍神塔

    私はこれを見て感動しました!

    龍馬が繋がれていた岩場・三厩石

    以前、どこかで聞いたことがあります。

      時が止まったような東北の奥地では
      今も、「御大将」といえば、それは「源義経」のこと…

      土地の人の義経に対する思いは、今も変わらず
      村芝居の忠臣蔵でも、必ず、まずは「義経公」が出てくる。

      でないと、客が承知しない…

    また

      ある時
      「義経公」の思い出話をしていると、

      いつの間にか回りに人が集まってきて
      「酒」となり
      そして、静かに夜が更けていった…

    などなど…
    思えば、義経は

     父は
     部下に裏切られ惨死

     母は
     父の敵「清盛」に奪われ、子まで産まされ

     手負いの兄「朝長」は
     「武門の誉れ」を守るため自害…

    若き日の義経は

    都のはずれの鞍馬の山で、
    孤独で、すさんだ日々を送っていたに違いありません。

    平泉を頼ったその義経を
    受け入れ、
    翼でかばうように包んだ東北の人たち…

    思えば、東北の人たちも
    「ヤマトタケル」や「坂之上田村麻呂」の征夷、
    「前九年の役」や「後三年合戦」の戦乱で「悲しみ」を知っていたのでしょう。

    若い義経の「悲しみ」が、
    きっと
    胸にこたえたのでしょう。

     肉親の縁薄く、その愛にも恵まれなかった「御大将」。
     せめて最後は
     「一番好きだった女性」といっしょに旅立たせてあげたい…

    並び建つ「静御前」の龍神塔に
    今も変わらぬ東北の人たちの
    思いやりと優しさを感じたのでありました。

    龍飛崎から見る北海道

    ハマ浜通信特派員 加藤博

    撮影日時=07年9月13~14日、青森県東津軽郡外ヶ浜町三厩

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    hama! Tシャツ 発表中!!!

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    インターネットでの入手は、こちら

    USS本牧シーメンズクラブ ギフトショップでも取扱中です!
                      (有)フクイトレーディング様 HP

    hama! Tシャツ 写真

    hama! Tシャツ その1

    作る、作ると、、、随分時間がたちました(^_^;

    スーパーヘビーウェイトと言われる7ozの
    綿100%のTシャツです。
    (ようは、しっかりとしたTシャツと・・・)

    サイズは、S,M,L,LLがあります。

    背中の首下に、hama!とyokohama
    左腕に、hama!とハマには浜を!

    とプリントされています。
    カラーは、環境問題も考えよう!と緑に近い
    オリーブグリーンを採用しました。

    手に入れて貰うことで参加!
    着て知ってもらうことで参加!

    そう言うコンセプトのプロジェクトです。
    どうぞ、みなさまよろしくお願いします。

    先日の共催「飛天双◯能」にて、初披露目を
    させていただき、好調、評判よく受け入れて
    頂きホッとしております。

    現在、インターネットによるお申し込みが
    出来るように準備しております。
    今しばらくお待ち下さいませ。

    お!欲しいと思って貰えましたら幸いです。
    待てないよ、詳しいことを知りたい方

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    こちらからお問い合わせ下さいませ。
    個別に対応させていただきます。

    次は、ステッカーです!

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